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福岡地方裁判所 昭和35年(ワ)176号 判決 1961年1月17日

原告 西日本坑木株式会社

被告 北松炭礦株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し一五〇、〇〇〇円を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

昭和二四年四月一日訴外山口武夫は、受取人原告、手形金額一五〇、〇〇〇円、支払地福岡市、支払場所原告会社、振出地長崎県北松浦郡新御厨町、満期白地の約束手形一通に振出人としての記名捺印をしてこれを原告に交付し、右同日被告会社の代理人である御厨礦業所長江村武雄が右手形上に手形保証人としての記名捺印をした。原告は、その後満期を昭和三四年一二月三〇日と補充し、現に該手形を所持している。よつて、被告に対し、右手形金一五〇、〇〇〇円の支払を求めるため本訴におよぶ。

なお、原告の右補充権行使の時期が昭和三四年一一月下旬頃であることは被告主張のとおりであるが、満期白地の約束手形の補充権が五年の消滅時効に服するという被告の主張を争う。

と述べ、

立証として、甲第一号証ないし第三号証を提出し、証人江村武雄の証言を援用した。

被告訴訟代理人は、主文同趣旨の判決を求め、答弁として、

原告主張事実中、江村武雄が被告会社を代理して本件約束手形に手形保証をなす権限を有していたことは否認し、その余の事実は不知。

また、原告主張事実が認められるとしても、満期白地の手形の補充権は、商事債権としてその振出行為の時から五年の時効で消滅するところ、原告が本件約束手形の満期を昭和三四年一二月三一日と記載したのは、同年一一月下旬頃であるから、既に時効により補充権が消滅した後の記載として白地補充の効果はない。よつてここに右時効を援用して、被告が本件手形債務を負うべき理のないことを主張する。

と述べ、

立証として、被告会社の代表者竹下文隆の尋問の結果を援用し、甲第二号証の成立は認めるが、甲第一号証の成立につき、保証人欄はこれを否認し、その余は不知、甲第三号証は不知と述べた。

理由

本訴請求は、約束手形の所持人たる原告に対し被告が手形保証人としての支払義務を負うか否かに関するものであるが、本件約束手形が昭和二四年四月一日訴外山口武夫により満期白地のまま振出されて原告に交付され、且つ同日右白地手形上に手形保証人としての記名捺印が被告会社御厨礦業所長江村武雄名義を以て同人によりなされたこと、その後原告が満期の白地を昭和三四年一二月三〇日と補充したこと及び本件手形を原告が現に所持することについては、証人江村武雄の証言及び同証言によつて成立の真正を認め得る甲第一号証並びに弁論の全趣旨に徴して認め得るところである。

ところで、右満期の白地が前示振出並びに保証行為の時から十年以上経過した後である昭和三四年一一月下旬頃になつてはじめて補充されたことについて当事者間に争なく、被告はこの点に関して時効を援用するから、他の争点はさておき、まず被告主張の消滅時効の成否について判断する。

満期白地の手形は、いまだ手形として完成されないものであるから、これに手形当事者としての署名がなされたとしても、ただちに「手形に関する行為」ありとはいい得ないが、満期白地のままの手形もまた、商取引の目的物たる証券としての形式と実質を具えるものであり、それが流通におかれれば所持人は何時でも白地を補充のうえ完成された手形として証券上の権利行使に出ることができるものであつて、完全な手形と同等の経済機能を有するものであるから、補充前すでに一種の商業証券たるものとみるべきである。従つてこのような白地手形上に手形当事者としての署名をなす行為は、正に商法第五〇一条第四号にいうところの「商業証券に関する行為」に該当し、商行為に属するものというべきであるから、該行為によつて生ずる債権は、商法第五二二条所定の五年の消滅時効に服するものといわざるを得ない。

しかも、白地手形振出行為自体によりただちに行為者は証券文言に従う一定の債務(白地補充を停止条件とする条件附債務)を負うべき地位に立つものと観念されるし、これを権利者の側からみれば、前述の如くその所持人は何時でも白地を補充してただちに証券上の権利の行使ができるものであるから、右白地手形行為をなす者が白地手形取得者に対して負うところの債務の消滅時効は右行為の時から進行するものといわねばならない。

本件保証行為による債務は、振出人の負うべき主たる債務に附従し、これと運命を共にするものであるところ、その振出行為時たる前示昭和二四年四月一日より起算して五年の経過によりすでに、本件白地手形化体の主たる債務者に対する債権は、時効消滅に帰したものと断ぜざるを得ない。

被告は、白地補充権の消滅時効という表現を以て、本訴において時効を援用するが、白地補充権は、白地手形制度を是認するところの法がその所持人に対し法上付与する権能であつて、白地手形行為外の契約に基き別個独立に成立し転輾する権利と目すべきものではなく、従つて白地手形に化体される債権債務の運命と別個独立に時効に服すべきものとは考えられないから、畢竟被告は本件債務につき時効援用をなす趣意と解し、右のとおり判断した。

要するに、本件満期白地の補充は、白地手形が化体していた債権の時効消滅以後になされたものであつて、もはや白地補充として手形完成の効を生ずる余地ないものといわねばならないから、その他の点につき判断するまでもなく、被告は本件手形につき手形保証人としての義務を負うべき理はない。

よつて、原告の被告に対する本訴請求はこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安倍正三)

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